キャリアアップ助成金「試用期間スキーム」の問題点~正社員前提の人をまず「6か月有期」にする手法は、なぜ成り立たないのか~

―― 支給要領と労働契約法の両面から検証し、「勧めてくる専門家」の見分け方まで
キャリアアップ助成金の受給を目的に、正社員として採用するはずの人をまず6か月の有期雇用とし、6か月後に正社員化して助成金を受け取る――この「試用期間スキーム」を、専門家や人材紹介会社が事業主に勧める例が増えています。本記事では、このスキームが支給要領上そもそも対象外であること、労働契約法上も「切りやすさ」を得られないこと、そして勧める側の報酬構造に注意が必要であることを整理し、事業主が顧問社労士や人材紹介会社を選ぶ際の判断材料を提供します。
キャリアアップ助成金(正社員化コース)の相談を受けていると、次のような話がよく出てきます。
「正社員で採りたい人がいるんだけど、助成金がもらえるって聞いたから、最初の6か月は契約社員にしておいて、それから正社員にしようと思う。試用期間みたいなものだし、ちょうどいいですよね?」
結論から言うと、この使い方は制度の趣旨に反しており、支給要件上も対象外とされています。 しかも、助成金の問題にとどまらず、労働契約法上のリスクを会社が自ら抱え込むことになります。
なお、「試用期間を有期雇用にすること」自体がどのような法的リスクを生むかは、助成金とは切り離して別記事で詳しく整理しています。本記事の第3章は要点にとどめますので、法的な整理を深く知りたい方は、あわせてこちらをお読みください。
→ 「試用期間を有期雇用にすることのリスク ―― 公法的リスクと私法的リスクの整理」
- 正社員化コースの仕組み(令和8年度)
- なぜ「正社員前提の有期6か月」が要領上対象外なのか
- 有期雇用と試用期間は別物 ―― 「切りやすい」は幻想
- 実務上のリスク
- このスキームを勧めてくる「専門家」への注意
- それでも制度を活かしたい場合の正しい設計
- この時代に求められる専門家とは
の順に整理します。

1. 正社員化コースの仕組み(令和8年度)
正社員化コースは、有期雇用労働者・短時間労働者・派遣労働者といった非正規雇用の労働者を、企業内で正社員に転換した事業主に助成する制度です。
主な要件を確認しておきます。
- 正社員転換の前日までにキャリアアップ計画を労働局に提出していること
- 転換前に、正社員とは異なる就業規則(賃金の額・計算方法が異なるもの)の適用を6か月以上受けていること
- 転換前6か月と比べ、転換後6か月の賃金が3%以上増額していること
- 転換後の正社員に「賞与または退職金制度」と「昇給」が適用されていること
- 転換後に試用期間を設けないこと(設けると「無期→正規」扱いになり減額)
- 新規学卒者は雇入れから1年以上経過していること
支給額(中小企業)は、令和7年度の見直しにより、通常の有期雇用労働者(雇入れ6か月以上3年未満)は40万円(1期のみ)、雇用期間3年以上の方や不安定雇用者など「重点支援対象者」は40万円×2期=最大80万円という2段階になりました。
ここで押さえておきたいのは、この助成金が評価しているのは「非正規で不安定な立場にあった人を、安定した雇用に引き上げた」というキャリアアップの実質だという点です。
そもそも「キャリアアップ」という言葉自体、支給要領の0101「趣旨」で定義されています。有期雇用労働者等が「職務経験や職業訓練等の能力開発機会を通じ、職業能力の向上が図られ、これによりその将来の職務上の地位や賃金をはじめとする処遇の改善が図られること」――つまり、働きながら能力を高め、その結果として地位と処遇が上がっていくプロセスを指します。正社員で採るつもりの人を6か月間だけ有期にしておくことは、このプロセスとは何の関係もありません。
2. 「正社員前提で6か月だけ有期」は、要領上そもそも対象外
厚生労働省が定める「キャリアアップ助成金支給要領」(令和8年4月8日付)の1003「対象労働者」ロに、次のとおり明記されています。
ロ 正規雇用労働者等として雇用することを約して雇い入れられた有期雇用労働者等でないこと。 ※ 正社員求人に応募し、雇用された者のうち、有期雇用労働者等で雇用された者であって正規雇用労働者等として雇用することを約して雇い入れられた者ではないこと。
(出典:厚生労働省「キャリアアップ助成金支給要領」令和8年4月8日付、第2 各助成金別要領 10 キャリアアップ助成金、1000 正社員化コース 1003「対象労働者」ロ、36〜37ページ https://www.mhlw.go.jp/content/001697358.pdf )
さらに、労働局側がこの点をどう確認するかも、同じ要領の1008「支給要件の確認」リに書かれています。
リ 対象労働者が正規雇用労働者等として雇用することを約して雇い入れられた労働者ではないことの確認 支給申請書、転換前の雇用契約書及び申立書等により、一定期間経過後に正規雇用労働者等に転換することが約されていないことを確認する。
(出典:同要領 1008「支給要件の確認」リ、43ページ)
加えて、支給対象事業主の共通要件として、0501「支給対象事業主(共通)」ニに「0101の趣旨を十分理解し、当該趣旨に沿った取組を実施している事業主であること」が置かれており、その0101「趣旨」は、有期雇用労働者等の企業内でのキャリアアップを支援し「労働者の雇用の安定、処遇の改善を推進する」ことだと定めています(同要領 0101、0501ニ、1ページ・12ページ)。
つまり、「6か月後に正社員にするから」と約束したうえで有期契約で雇い入れた人は、要領の明文で最初から対象外です。しかも「正社員求人に応募して採用された人を有期で雇い入れた場合」が、わざわざ注記で例示されています。まさにこのスキームそのものを念頭に置いた規定です。
「約束」は書面に限りません。求人票に「正社員(最初の6か月は契約社員)」と書いていた、面接で「半年たったら正社員ね」と口頭で伝えていた、内定通知に正社員登用予定と記載していた――こうした事実があれば、上記1008リの確認過程や事後の調査で「正社員雇用を約して雇い入れた」と判断されるおそれがあります。
もし実態を隠して申請すれば、それは不正受給の問題になります。不正受給と認定されれば返還・加算金に加え、事業主名の公表や、その後5年間にわたる雇用関係助成金全体の不支給といった重いペナルティが待っています。
「試用期間の代わりに有期にしておく」というアイデアは、助成金のスキームとしては最初から成立していないのです。
最新の支給要領は厚生労働省の助成金ページ( https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/index_00004.html の「助成金支給要領」欄)から入手できます。
年度改定で条項番号やページが動くことがあるため、引用の際は最新版で位置を確認してください。
3. 有期雇用と試用期間は別物 ―― 「切りやすい」は幻想
「試用期間の代わりに有期契約」という発想の根っこには、試用期間と有期契約を同じ「お試し期間」と捉える誤解があります。
要点だけ押さえます(法的整理の全体は別記事[「試用期間を有期雇用にすることのリスク」記事URL]をご覧ください)。
有期雇用は、業務側に期間を区切る理由がある場合の契約形態です。 繁忙対応、代替要員、期限付きプロジェクトなどが典型で、労働契約法は必要以上に短い期間の反復を避ける配慮(17条2項)、無期転換(18条)、雇止め法理(19条)を置き、「期間の定め」を労働者を切りやすくする道具として使わせない方向を向いています。「様子を見たい」という会社側の都合だけで期間を区切るのは、本来の使い方から外れています。
試用期間は、解約権留保付の無期契約です(三菱樹脂事件・最大判昭48.12.12)。契約は入社日から無期で成立し、本採用拒否は解雇として合理的理由と相当性を要します。期間満了で自動的に終わるものではありません。
そして決定的なのが神戸弘陵学園事件(最判平2.6.5)です。新規採用時に期間を設けた場合でも、その趣旨が適性評価にあるときは、期間満了で当然終了する明確な合意等の特段の事情がない限り、
その期間は契約の存続期間ではなく試用期間と解するのが相当とされました。
つまり、求人は正社員、面接で「半年後に正社員」、業務も正社員と同じ、期間を区切った理由は「様子見」――という事案では、6か月の有期契約は試用期間付きの無期契約と評価される可能性が高い。「期間満了」という出口は消え、正社員にしない判断は解雇として労契法16条の審査を受けます。しかも有期のつもりで運用してきた会社には指導記録も評価根拠もなく、正しく試用期間を運用している会社より不利な立場で争うことになります。
考えてみれば当然の流れです。実態が試用期間なら、法は実態に合わせて契約を評価する。正社員として採用し、誠実に試用期間を運用している会社が多数ある中で、「契約の名前を有期に変えたから自由に切れる」という論理が通るはずがないのです。
「助成金がもらえて、合わなければ切れる」――このスキームが魅力的に見える二つの理由は、どちらも成り立ちません。
| 観点 | 正社員の試用期間 | 本来の有期雇用 | 正社員前提の「6か月有期」 |
|---|---|---|---|
| 契約の性質 | 解約権留保付の無期契約 | 期間の定めのある契約 | 実態は試用(無期)と評価されるおそれ |
| 期間を区切る理由 | 適性の見極め | 業務側の合理的理由 | 会社の都合(切りやすさ・助成金) |
| 期間終了時 | 本採用。拒否は解雇 | 満了で終了または更新 | 「満了」と言っても解雇と扱われるリスク |
| 助成金 | 対象外 | 要件を満たせば対象 | 要領1003ロにより対象外 |
4. 実務上のリスクを整理する
「正社員前提の6か月有期」には、助成金以外にも見落とされがちなリスクがあります。ここでは採用・労務の実務目線で代表的なものを挙げます。職安法・労基法・パート有期法など法令ごとの整理と、解雇法理・雇止め法理・損害賠償の私法上の帰結は、別記事[「試用期間を有期雇用にすることのリスク」記事URL]で体系的に扱っています。
① 採用競争力の低下 求職者側は「正社員募集」と「契約社員募集」を明確に区別して見ています。応募段階で契約社員扱いになれば、住宅ローンや賃貸審査、家族への説明といった生活面で不利になり、優秀な人ほど正社員で採用してくれる競合他社に流れます。
② 6か月間の待遇差の説明責任 助成金の要件上、有期期間中は正社員と賃金体系が異なる必要があります。しかし、正社員と同じ仕事をさせながら賞与や手当を外せば、パートタイム・有期雇用労働法8条(不合理な待遇差の禁止)の問題が生じます。「助成金のために待遇を下げていた」という説明は通りません。
③ 転換しなかった場合の紛争 前述のとおり、試用目的の有期契約は雇止めではなく解雇として争われる可能性があります。「有期だから大丈夫」という前提で証拠や手続を省略していると、紛争時に極めて不利です。
④ 制度の形骸化 形式だけ整えた「正社員転換制度」は、労働局の実地調査で実態を見られます。転換基準が曖昧、面談記録がない、全員が機械的に6か月で転換している――こうした状態は、制度の実態がないと判断される材料になります。
5. このスキームを「勧めてくる側」に注意する

厄介なのは、この手法を会社が自分で思いつくより、外部から持ち込まれるケースが多いことです。
- 「助成金がもらえるから、正社員でなく契約社員で採りましょう」と提案するコンサルタント
- 「うちに任せれば申請まで全部やります」と成功報酬で営業してくる助成金代行業者
- 「正社員で採るなら、まず6か月契約社員にすれば助成金が出ますよ」と紹介先企業に持ちかける人材紹介会社
- そして残念ながら、同業の社会保険労務士
助成金は事業主にとって「もらえるならもらいたい」お金ですから、こうした提案は魅力的に聞こえます。しかし、次の点は必ず押さえてください。
代行してもらっても、責任は会社に来る

助成金の申請者はあくまで事業主です。書類を誰が作ったかにかかわらず、申請内容の真実性について責任を負うのは会社です。
「業者に丸投げしていて中身を知らなかった」「社労士がそう言ったから」という弁解は、労働局にも裁判所にも通りません。
不正受給と判断されれば、助成金の返還(延滞金・加算金つき)、事業主名の公表、以後5年間の雇用関係助成金の不支給、悪質な場合は詐欺罪等での刑事告発――これらはすべて会社が負うことになります。
一方で、提案した側も無傷ではありません。平成31年4月以降、不正受給に関与した社労士・代理人・コンサルタント等は、事業主と連帯して返還債務を負い、氏名が公表され、5年間は助成金の申請代行ができなくなる仕組みになっています。社労士については、社労士法上の懲戒(業務停止・失格処分)の対象にもなり、実際に、キャリアアップ助成金(正社員化コース)の不正受給を顧問先に持ちかけた社労士が労働局の審査で発覚し処分された事案や、虚偽申請で書類送検された事案が繰り返し報じられています。
「専門家が言っているから大丈夫」は成り立たない
この点は強調しておきたいのですが、専門家がスキームを勧めてくるから安全、ではありません。
確かに、支給額や「有期6か月以上」という数字だけを外形的に眺めれば、このスキームは成り立つように見えます。
しかし、制度の趣旨に立ち返り、支給要領を最後まで読めば、「正社員として雇用することを約して雇い入れた者は対象外」(支給要領1003ロ)という結論に必ず行き着きます。
この結論を導くことこそが専門家の仕事です。数字だけ見て「できます」と言うのは、要件を読んでいないか、読んだうえで顧客をリスクにさらしているかのどちらかです。
もう一つ、忘れてはならない視点があります。キャリアアップ助成金の財源は雇用保険料です。
日本中の事業主と労働者が、毎月の給与から少しずつ拠出しているお金です。本来「不安定な雇用にある人を安定した雇用に引き上げた」会社を支えるために社会全体で積み立てた原資を、最初から正社員で採るつもりだった人を書類上だけ非正規にして受け取る――これは制度への「相乗り」ではなく、社会全体の負担に対する背信です。
そこに思いが及ばず、「もらえるものはもらいましょう」とスキームを推進する専門家については、率直に言って、専門家としての適性を疑わざるを得ません。
実際に存在する「人材紹介×有期契約×助成金」のパッケージ
抽象論ではありません。社名は伏せますが、実際に、ある社会保険労務士法人が自ら人材紹介業を営み、次のような仕組みをウェブサイトで公然と案内しています。
- 人材紹介の利用条件として、その社会保険労務士法人との顧問契約を求める
- 紹介した人材を、まず有期契約で入社させ、6か月後に正社員契約に切り替える流れを図解で示す
- そのうえで、キャリアアップ助成金40万円の受給を前提に、「紹介手数料と助成金申請費用の合計から助成金を差し引けば、実質負担は十数万円」と試算を提示する
- 紹介手数料は入社時・6か月経過時・1年経過時の分割払いとし、助成金申請には着手金と成功報酬を別途設定する
つまり、正社員として採用するために紹介した人材を、助成金を取るために有期契約で入社させ、その助成金を紹介手数料の値引き原資として売り込む――そういう商品設計です。
本記事の第2章で確認したとおり、支給要領1003ロは「正規雇用労働者等として雇用することを約して雇い入れられた者」を対象外と明記しています。
人材紹介で正社員候補として紹介された人を、助成金のために有期契約にする設計は、この条文が名指しで排除している運用そのものです。それを、労働法の専門家である社労士が、推進している。
この設計に表れている考え方は、あまりに目先の利益に寄っています。紹介手数料を取り、顧問料を取り、助成金の着手金と成功報酬を取る。
クライアントには「実質負担が安くなる」と説明する。しかしその「安さ」の原資は、要領が明文で対象外としている申請を通すことによって得られる、社会全体で負担している雇用保険料です。
「要領には反するが、求人票の書き方と申立書の書き方さえ整えれば審査は通る」――そう考えなければ、この商品は設計できません。私にはこれが、「バレなければいい」という精神の表れにしか見えません。
さらに言えば、この構図では専門家自身が利害関係者になっています。紹介手数料は入社6か月後・1年後にも発生し、助成金申請には成功報酬がついている。
つまり、有期で入れて6か月後に正社員化することで、事務所の報酬が最大化される。専門家が中立の立場でクライアントに「この運用は要領上対象外です」と助言できる構造ではありません。
私は同業者として、こうした事務所の存在を痛烈に批判せざるを得ません。社労士は労働社会保険諸法令の専門家として、事業主と労働者の双方に対し、そして制度そのものに対して責任を負う資格です。
要領を読めば対象外とわかる運用を、商品として販売する。これは専門性の欠如ではなく、専門性の濫用です。
顧問社労士・コンサルタントの選定は慎重に

事業主の方に、あらためてお伝えします。
このスキームを勧めてくる専門家や人材紹介会社に乗った場合、不正受給と認定されたときに返還・公表・5年間の不支給を受けるのはあなたの会社です。
提案した側も連帯返還や氏名公表の対象になり得ますが、それで会社の損失が消えるわけではありません。
顧問契約や人材紹介の話を進める前に、次の点を確認してください。
- 「正社員で採りたい」と伝えたのに、「まず有期にしましょう」と言い換えを提案してこないか
- 助成金の説明が、制度の趣旨や対象労働者の要件から始まらず、金額と実質負担の試算から始まっていないか
- 紹介手数料・顧問料・助成金の成功報酬が同じ相手に集中し、その相手が助成金申請の成否について中立でいられない構造になっていないか
- 「大丈夫です、通ります」という言葉の根拠として、支給要領の条文を示せるか
一つでも引っかかるなら、その相手との契約は立ち止まって考え直すべきです。安く見える提案ほど、その安さの理由を確かめてください。理由が「本来もらえない助成金」であるなら、それは値引きではなく、会社が背負うリスクの前払いです。
見分けるポイントはシンプルです。
- 「正社員で採りたい人」を「まず契約社員に」と言い換えさせようとしていないか
- 求人票や面接での説明と、申請書類の内容にズレを作ろうとしていないか
- 制度の趣旨(非正規から正規へのキャリアアップ)の話をせず、金額の話ばかりしていないか
- 報酬が成功報酬のみで、申請が通らなければ責任を取らない契約になっていないか
これらに当てはまる提案は、たとえ肩書きが立派でも一度立ち止まってください。
助成金は「もらえる金額」から逆算して雇用形態を歪めるものではなく、制度趣旨に沿った雇用管理をした結果として受け取るものです。
申請にあたっては、その順番を崩さないことが、会社を守る最も確実な方法です。
6. それでも正社員化コースを活かしたいなら ―― 正しい設計
助成金そのものを否定しているわけではありません。本来の趣旨に沿った使い方であれば、正社員化コースは非常に有効な制度です。
対象とすべき人
- 現に契約社員・パート・アルバイトとして働いていて、本人の成長や業務の変化により正社員登用がふさわしくなった人
- 派遣労働者を直接雇用で正社員化する場合
- 雇用期間が3年以上の有期雇用労働者、不安定雇用者、ひとり親など「重点支援対象者」
こうした人の正社員化は、まさに「キャリアアップ」であり、制度が本来想定している場面です。
制度として整えるべきこと
- 就業規則に正社員転換制度を規定する(対象者の要件、手続、実施時期を具体的に)
- 転換基準を客観化する(勤務成績、評価、面談、試験など)
- 非正規の就業規則を正社員と別建てにし、賃金の額・計算方法の違いを実態のあるものにする
- 有期契約の労働条件通知書に、更新の有無・判断基準・更新上限を正しく明示する
- 転換後の正社員に試用期間を設けない(設けると「無期→正規」扱いになり減額)
- 転換前日までにキャリアアップ計画を提出する
- 転換前6か月と比較して3%以上の賃金増額を設計する
採用の入口で正直であること
最初から正社員として採りたい人は、正社員として採用し、試用期間で見極める。これが法的にも採用力の面でも最も筋の通った選択です。
一方、本当に「まずは有期で様子を見たい」という判断があるなら、それは求人段階から「契約社員募集(正社員登用制度あり)」と明示し、登用は制度に基づいて判断する
そして結果として正社員化した場合に助成金を申請する。この順番であれば、制度の趣旨にも要件にも合致します。
助成金は「正社員化の結果に付いてくるもの」であって、「正社員化の理由」にしてはいけない、ということです。
7. この時代に求められる専門家とは
最後に、少し視野を広げて書きます。
助成金の「取り方」を工夫して、雇用形態を歪めてまで数十万円を得る。それで会社が強くなるでしょうか。6か月間、本人は「自分は契約社員なのか、正社員なのか」という宙ぶらりんの状態で働き、会社は説明に神経を使い、書類のつじつま合わせに時間を費やす。得られるのは一時金と、いつ発覚するかわからないリスクです。
人手不足が常態化した今、会社にとって本当に必要なのは、人が集まり、育ち、定着する組織をつくることです。
- 社員が自社の目指す方向を理解し、誇りを持って働ける状態をつくるインナーブランディング
- 求職者や取引先から「この会社で働きたい」「この会社と組みたい」と選ばれるアウターブランディング
- 等級・評価・賃金の制度が一本の筋で通り、頑張りが処遇と成長につながる仕組み
- 一人ひとりの生産性が上がる業務設計と、それを支える労務管理の土台
こうした取り組みで組織の足腰を強くすることこそ、社労士をはじめとする専門家がこの時代に果たすべき役割だと考えています。
助成金は、そうして整えた雇用管理に制度趣旨が合致したときに、結果として受け取ればよいものです。
「正社員で採りたい人がいる」――それは会社にとって喜ばしい話です。その人を、最初から堂々と正社員として迎えてください。
そのうえで、現に非正規で働いている人にも登用の道を開き、その実績にキャリアアップ助成金を使う。その順番が、会社にとっても、働く人にとっても、社会全体にとっても、いちばん健全な使い方です。
おわりに ―― 雇用の安定のための助成金が、不安定化の呼び水になってはならない
キャリアアップ助成金は、支給要領の冒頭(0101 趣旨)に「労働者の雇用の安定、処遇の改善を推進する」と掲げられた制度です。非正規で不安定な立場にある人を、安定した雇用に引き上げる――そのための助成金です。
ところが、この「試用期間キャリアアップスキーム」は、本来なら入社日から正社員として迎えられるはずだった人を、助成金のために6か月間わざわざ有期雇用に置きます。
雇用の安定化を目指した制度が、正社員になれるはずの人を有期雇用に押し戻し、雇用を不安定化させる呼び水になっている。これは制度の趣旨に対する裏切りであり、率直に言って残念なことです。
そして、この助成金の財源は雇用保険料です。日本中の事業主と労働者が、毎月の給与から拠出している、社会全体で負担している貴重なお金です。
専門家と呼ばれる立場にある私たちは、その雇用保険料が何のために集められ、誰が負担しているのかを常に意識しなければなりません。
目先の報酬や、クライアントに「これだけ取れました」と言える手柄にとらわれることなく、制度が本来助けようとしている人のために、適切に運用する。
それが、この財源を預かる社会の一員としての、専門家の最低限の責任だと考えています。
この記事が、これからキャリアアップ助成金の活用を検討される事業主の方、そしてそれを支援する立場の同業の方にとって、一度立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。
まとめ
- 正社員化コースは、非正規から正規へのキャリアアップの実質を助成する制度
- 「正社員として雇用することを約して雇い入れた有期労働者」は支給要領1003ロの明文で対象外(労働局は1008リにより確認)
- 有期契約は業務側に期間を区切る理由がある場合の契約形態であり、「様子見」のために使うものではない
- 試用期間は解約権留保付の無期契約。試用目的の有期契約は判例上、試用期間付き無期契約と評価されうる(神戸弘陵学園事件)
- 結果として「正社員前提の6か月有期」は、助成金は受けられず、雇止めの自由も実際にはなく、採用力だけが落ちるという三重の損になりやすい
- 問題が顕在化すれば、実態が試用期間である以上、契約は当初から無期と評価され、「期間満了」は解雇として解雇権濫用法理の審査を受ける。契約の名前を変えれば自由に切れるという論理は成り立たない
- 雇用の安定を目指す制度が、正社員になれる人を有期に押し戻す不安定化の呼び水になっているのは残念なこと。財源が社会全体で負担する雇用保険料であることを専門家は意識し、目先の儲けにとらわれず適切に運用すべき
- このスキームを勧めてくるコンサルタント・代行業者・人材紹介会社・社労士には要注意。代行してもらっても責任は会社に来る。財源は社会全体で負担する雇用保険料であり、これを推進する専門家の適性は疑わざるを得ない
- 実際に「人材紹介×有期契約×助成金」をパッケージ商品として掲げる社労士事務所が存在する。要領が明文で対象外とする運用を商品化するのは専門性の濫用であり、顧問社労士・コンサルタントの選定は慎重に
- 助成金を活かすなら、現に非正規で働く人の登用制度を実態のあるものとして整備し、制度趣旨に沿って申請する
- 専門家に求められているのは助成金の「取り方」ではなく、インナー/アウターブランディングと生産性向上によって組織の足腰を強くする支援
関連記事 試用期間と有期雇用の違い、有期で試用運用をした場合の公法上・私法上のリスクについては、こちらで詳しく整理しています。
→ 「試用期間を有期雇用にすることのリスク ―― 公法的リスクと私法的リスクの整理」https://unitedglobal-sr.com/2026/08/30/%e8%a9%a6%e7%94%a8%e6%9c%9f%e9%96%93%e3%82%92%e6%9c%89%e6%9c%9f%e9%9b%87%e7%94%a8%e3%81%ab%e3%81%99%e3%82%8b%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%82%af-%e2%80%95%e2%80%95-%e5%85%ac%e6%b3%95/
免責
本記事は執筆時点(令和8年8月)の公表情報に基づく一般的な解説です。
助成金の支給要件・支給額は年度ごとに改定されるため、申請にあたっては必ず厚生労働省・管轄労働局の最新のパンフレット・支給要領をご確認ください。
個別の事案については、社会保険労務士等の専門家やハローワークや労働局等の行政にご相談ください。
執筆者

社会保険労務士法人ユナイテッドグローバル
代表 社会保険労務士 川合 勇次
大手自動車部品メーカーや東証プライム上場食品メーカーで人事・労務部門を経験後、京都府で社会保険労務士法人代表を勤める。単なる労務業務のアウトソースだけでなく、RPAやシステム活用することで、各企業の労務業務の作業工数を下げつつ「漏れなく」「ミスなく」「適法に」できる仕組作りを行い、工数削減で生まれた時間を活用した人材開発、要員計画などの戦略人事などを行う一貫した人事コンサルティングを得意としている。

