組織を科学する 【第1回】 ~離職率を下げる組織を科学する~ 離職は「感情」ではなく「構造」で起きる

はじめに──なぜ離職対策は「精神論」になってしまうのか

「最近の若い人は我慢が足りない」 「うちは給料が安いから仕方ない」 「あの上司の下だと人が辞める」

離職の話題になると、多くの会社でこうした言葉が飛び交います。どれも一面の真実を含んでいるかもしれません。しかし、これらの言葉に共通しているのは、離職を「個人の感情や資質の問題」として片づけているという点です。

個人の感情の問題だと捉えている限り、打ち手は「飲み会を増やす」「面談で励ます」「福利厚生を少し足す」といった対症療法にとどまります。そして数か月後、また同じように人が辞め、「今どきの人は…」というため息が繰り返される。多くの中小企業で、この光景を見てきました。

私は社会保険労務士として、人事制度の設計や労務管理の現場に日々関わっていますが、離職率の高い組織と低い組織を比べたとき、決定的な違いは「社長の人柄」でも「給与水準」でもありません。違うのは、人が辞める理由を「構造」として捉え、仕組みで潰しているかどうかです。

この連載では全5回にわたり、「離職率を下げる組織」を科学的に、つまり再現可能な仕組みとして設計する方法を解説していきます。キーワードは「適性診断と評価の連関」「スキルマップ」「CDP(キャリア開発計画)」です。感覚論を排し、データと制度で離職に向き合う。その全体像を、まず今回でお見せします。

離職理由の「建前」と「本音」のギャップ

離職対策を科学する第一歩は、「なぜ辞めたのか」を正しく知ることです。ところが、ここに最初の落とし穴があります。

退職時の面談で語られる理由と、本当の理由は、多くの場合一致しません。退職者は「家庭の事情で」「新しいことに挑戦したくて」「通勤が遠くて」といった、角の立たない理由を口にします。円満に去りたい退職者にとって、本当の不満を語るメリットはほとんどないからです。

一方、匿名調査や退職後しばらく経ってからのヒアリングでは、まったく違う理由が浮かび上がります。典型的なのは次のようなものです。

  • 入社前に聞いていた仕事内容と、実際の仕事が違った
  • 上司との関係がうまくいかなかった
  • 評価に納得できなかった、頑張りが給与に反映されなかった
  • この会社にいても成長できる気がしなかった
  • 自分の強みを活かせる配属ではなかった

ここで注目してほしいのは、これらの「本音の理由」のほとんどが、会社側の設計ミスに起因しているという点です。仕事内容のギャップは採用時の情報提供の問題、上司との相性は配属の問題、評価への不満は評価制度の問題、成長実感の欠如は育成設計の問題です。

つまり、離職の本当の原因は、退職者の心の中ではなく、会社の仕組みの中にあります。だからこそ、離職は「感情」ではなく「構造」で捉えるべきなのです。感情は結果であって、原因ではありません。構造上の欠陥が先にあり、それが不満という感情を生み、感情が閾値を超えたときに退職という行動になる。この因果の順序を逆にしてはいけません。

離職コストを定量化する──1人辞めると、いくら失うのか

「構造」の話に入る前に、もうひとつ押さえておきたいのが離職のコストです。離職対策に本気で予算と工数を割く経営判断をするには、「人が1人辞めると会社はいくら失うのか」を金額で把握する必要があります。

仮に、中途採用で年収400万円の社員を1人採用するケースで考えてみましょう。あくまでモデル計算ですが、失うものは大きく4つに分解できます。

① 採用コスト 求人広告費、人材紹介手数料(紹介会社経由なら年収の30〜35%が相場)、面接にかかる社内の人件費。紹介経由なら120万円前後、直接採用でも数十万円は珍しくありません。

② 教育コスト 入社後、独り立ちするまでの期間、本人の給与は「投資」です。教える側の先輩社員の時間も奪われます。独り立ちまで半年かかるとすれば、給与の半年分(約200万円)に加え、指導者の工数分が乗ります。

③ 機会損失 辞めた人が本来生み出すはずだった売上・付加価値。欠員期間中、残ったメンバーの残業でカバーすれば残業代が発生し、カバーしきれなければ売上そのものが落ちます。

④ 連鎖コスト これが最も見落とされがちです。1人の退職は、残るメンバーの負荷増と士気低下を招き、「あの人も辞めたし、自分も」という連鎖離職の引き金になります。また、採用市場において「人が定着しない会社」という評判は、次の採用単価を確実に押し上げます。

①〜③だけでも、1人の早期離職で300万〜500万円規模の損失というのが実感に近い数字です。年間3人辞めれば1,000万円超。この金額を「仕組みづくりへの投資」と比べたとき、適性診断の導入費用や評価制度の設計費用は、決して高い買い物ではないことが分かるはずです。

「輸血」より「止血」──補填採用の悪循環から抜け出す

さらに見逃せないのが、欠員を埋めるための補填採用そのものが、追加コストの発生源になるという事実です。

人が辞めると、現場は「早く次の人を」と急かします。急ぎの採用で頼りになるのは人材紹介会社ですが、紹介手数料は年収の30〜35%が相場。年収400万円の人材なら、1人補填するたびに120万〜140万円が出ていきます。つまり、離職で300万〜500万円を失った上に、その穴を埋めるためにさらに100万円超を支払う。しかも急いで採った人材は、選考の精度が落ちるぶん定着率も下がりがちで、その人がまた辞めれば同じ請求書がもう一度届きます。

これは、血を流し続けている患者に輸血を繰り返しているようなものです。輸血(補填採用)は一時的に数字上の人員を回復させますが、出血点(離職の構造要因)を塞がない限り、血は流れ続け、輸血のコストは際限なく積み上がっていきます。

そして医療と同じで、止血は輸血より圧倒的に安い。適性診断の導入は1人あたり数千円〜1万円程度、評価制度の設計・改定も、紹介手数料の数人分で収まるケースがほとんどです。年間3人の離職を1人に減らせれば、離職損失と補填コストを合わせて年間1,000万円規模の出血が止まる計算になります。片や継続的に垂れ流すコスト、片や一度つくれば効き続ける仕組みへの投資。どちらのコストパフォーマンスが高いかは明らかです。

にもかかわらず、多くの会社が輸血を選び続けるのはなぜか。採用費は「必要経費」として稟議が通りやすく、制度づくりは「急ぎではない投資」として後回しにされやすいからです。しかし、財布から出ていく総額で見れば、後回しにしているものこそが最も高くついている。

離職対策は福利厚生ではなく、投資対効果の明確な経営施策です。輸血の予算を止血に振り向ける──この認識を経営者と人事が共有することが、すべての出発点になります。

「科学する」の第一歩は、離職率を正しく測ること

構造の分解に入る前に、意外と見過ごされている基本を確認させてください。あなたの会社の離職率は、いま何%でしょうか。そして、その数字はどの範囲を、どう切り取った数字でしょうか。

「うちの離職率は10%くらいかな」と答える経営者は多いのですが、突っ込んで聞くと、分母も分子も曖昧なことがほとんどです。パート・アルバイトを含むのか、定年退職や契約満了を含むのか、期首在籍者を分母にするのか期中平均か。定義が曖昧な数字は、改善したのか悪化したのかの判断すらできません。

科学するとは、まず測ることです。私がお勧めしているのは、全社一本の離職率だけでなく、次の3つの切り口で分解して見ることです。

① 在籍年数別──入社1年以内、1〜3年、3年超で分けます。1年以内の離職が多ければ入口(採用)の問題、1〜3年なら配属や育成の問題、3年超の中堅が抜けるなら評価とキャリアパスの問題である可能性が高い。在籍年数別の分解は、後述する3つのミスマッチ層のどこに欠陥があるかを教えてくれる、最も簡単で強力な診断ツールです。

② 部署別・上司別──全社平均が10%でも、特定の部署だけ30%ということはよくあります。その場合、問題は会社全体ではなくその部署の業務設計かマネジメントにある。全社平均という「ならした数字」は、しばしば問題の所在を隠します。

③ 評価ランク別──高評価者と低評価者、どちらが辞めているか。低評価者の離職はある程度の新陳代謝と捉えられますが、高評価者が辞めているなら、それは組織にとって出血です。同じ「離職率10%」でも、中身によって深刻度はまったく違います。

この3つの分解をするだけで、「最近の若い人は…」という曖昧な嘆きが、「入社1年以内の、○○部配属者の離職が突出している」という具体的な問題定義に変わります。問題が具体的になれば、打ち手も具体的になる。これが科学するということの入口です。

離職を生む3つの「ミスマッチ構造」

では、本題です。離職を構造として捉えるとき、私は原因を3つの層に分解して考えています。

第1層:入口のミスマッチ(採用段階)

そもそも、その人と会社が合っていなかったというケースです。ここには2種類あります。

ひとつはスキルのミスマッチ。求める能力と本人の能力がズレている場合で、これは比較的発見しやすい。もうひとつが厄介なカルチャー・特性のミスマッチです。能力は十分でも、仕事の進め方の好み、ストレス耐性の質、価値観が組織と噛み合わない。面接という短時間の「印象戦」では、この層のズレはほとんど見抜けません。

さらに、会社側が良いことばかり伝えて入社させてしまう「過剰な口説き」も、入口のミスマッチの典型です。入社後の現実とのギャップは、そのまま早期離職に直結します。

第2層:配属のミスマッチ(配置段階)

採用自体は間違っていなくても、配属先の仕事内容・上司・チームとの相性でつまずくケースです。

多くの会社で、配属は「席が空いているから」「あの部署が人手不足だから」という需給論理だけで決まっています。本人の適性データは採用選考で使ったきり、引き出しの奥に眠っている。これは非常にもったいない。同じ人でも、配属先が違えば活躍度はまったく変わります。「採用は成功したのに配属で殺す」パターンは、想像以上に多いのです。

第3層:成長のミスマッチ(育成・評価段階)

入口も配属も乗り越えた社員が、数年後に辞めていく理由がこの層です。

「頑張っても評価されない」「評価基準が曖昧で、何をすれば昇給・昇格できるのか分からない」「この会社での自分の将来像が描けない」──評価制度とキャリアパスの不在・不透明が、中堅層の離職を生みます。特に優秀な人材ほど、成長実感と公正な評価に敏感です。辞めてほしくない人から辞めていく会社は、ほぼ例外なくこの第3層に欠陥を抱えています。

よくある打ち手が効かない理由

3層構造で見ると、世の中でよく行われている離職対策が、なぜ期待ほど効かないのかも説明できます。

「給与を上げれば辞めない」は半分だけ正しい。 給与が市場水準から明らかに低いなら、是正は必要です。しかし、配属のミスマッチや評価への不信を抱えた社員は、昇給しても「もらいながら辞める時期を探す」だけです。しかも一律の昇給は原資を大きく食うため、本当に処遇すべき人に厚く報いる余力を奪います。給与は「衛生要因」、つまり低ければ不満を生むが、高くしても定着を保証しない要因だと理解すべきです。

「面談を増やせば辞めない」も同様です。 1on1や面談は、ミスマッチを早期に発見するセンサーとしては有効です。しかし、発見した後に打つ手──配置転換の仕組み、評価の是正、育成プランの修正──が制度として存在しなければ、面談は「話を聞いてもらえたが何も変わらなかった」という失望を積み増すだけになります。センサーだけあって制御装置がない機械は動きません。

「エンゲージメントサーベイを取れば分かる」も途中で止まりがちです。 サーベイは現状の体温を測る道具であって、治療法ではありません。スコアが低い部署が分かっても、その原因が入口・配属・評価のどの層にあるのかを特定し、該当する仕組みを直さない限り、翌年も同じスコアが返ってくるだけです。

共通する失敗パターンは、個別施策を単発で打っていることです。離職は3つの層が連鎖して起きる構造問題なので、対策も層をまたいで連動させる必要があります。では、どう連動させるのか。それが次のテーマです。

3層をつなぐと「離職しない構造」が見えてくる

重要なのは、この3層がバラバラの問題ではなく、一本のデータの流れでつながるということです。

  • 入口で取得した適性診断データを、配属の判断材料として使う
  • 配属後の評価データを適性データと突き合わせ、「どんな特性の人が、どの環境で活躍するのか」を会社の知見として蓄積する
  • 組織に必要なスキルをスキルマップで可視化し、組織が必要とする能力の「質×量の面積」と、個人の**CDP(キャリア開発計画)**を重ね合わせる

つまり、採用・配属・評価・育成を別々の業務として運用するのではなく、適性と評価を連関させたひとつのシステムとして設計する。これが「離職率を下げる組織を科学する」というこの連載の核心です。

この仕組みができると、何が起きるか。入口のミスマッチが減り、配属の精度が上がり、社員は「自分の強みが把握され、活かされ、正当に評価されている」と感じるようになります。さらに組織側は、感覚ではなくデータで人材ポートフォリオを管理できるようになる。離職率の低下は、その結果として付いてくる数字にすぎません。

連載の見取り図

次回以降は、3つのミスマッチ層を順に潰していきます。

  • 第2回:入口のミスマッチを科学する──適性診断を「落とす道具」ではなく「予測する道具」として使う採用設計
  • 第3回:配属のミスマッチを科学する──適性診断×評価データの連関で、配置の精度を上げる仕組み
  • 第4回:スキルマップで組織の「質×量」を満たす──組織要件を面積で捉え、採用と育成の打ち手を判断する方法
  • 第5回:個人のCDPを組織に馴染ませる──会社都合の配置とキャリア自律の交点をつくり、定着を完成させる

「人が辞めない会社」は、社長の人徳で成り立っているのではありません。辞める理由を構造的に潰した会社です。そして構造は、才能ではなく設計でつくれます。次回から、その設計図を一枚ずつ広げていきましょう。

執筆者

社会保険労務士法人ユナイテッドグローバル

代表 社会保険労務士 川合 勇次

大手自動車部品メーカーや東証プライム上場食品メーカーで人事・労務部門を経験後、京都府で社会保険労務士法人代表を勤める。単なる労務業務のアウトソースだけでなく、RPAやシステム活用することで、各企業の労務業務の作業工数を下げつつ「漏れなく」「ミスなく」「適法に」できる仕組作りを行い、工数削減で生まれた時間を活用した人材開発、要員計画などの戦略人事などを行う一貫した人事コンサルティングを得意としている。

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