職場の「ハラスメント」——法律が定める定義と境界線

前回の記事では、明確な規則違反を犯さないまま組織を蝕む「トキシックワーカー」を取り上げました。今回はその延長線上にあるテーマとして、法律上明確に定義され、事業主に対応義務が課されている「ハラスメント」について整理します。パワーハラスメント・セクシュアルハラスメント・マタニティハラスメントはいずれも、何が該当し、何が該当しないのか(業務上の指導との境界線)を人事・管理職が正確に理解しておく必要がある領域です。
なお、本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案が法的にハラスメントに該当するかどうかの判断は、社会保険労務士など専門家への相談を前提としてください。
ハラスメントを規定する法律
職場のハラスメントは、主に以下の法律とその指針によって定義され、事業主に防止措置が義務付けられています。
| ハラスメントの種類 | 根拠法 | 義務化の時期 |
|---|---|---|
| パワーハラスメント | 労働施策総合推進法 | 2020年6月1日(大企業)/2022年4月1日(中小企業) |
| セクシュアルハラスメント | 男女雇用機会均等法 | 従来から義務化/2020年6月に指針を改正・強化 |
| 妊娠・出産・育休等に関するハラスメント(マタハラ等) | 男女雇用機会均等法/育児・介護休業法 | 従来から義務化/2020年6月に指針を改正・強化 |
| カスタマーハラスメント/求職者等に対するセクハラ | 労働施策総合推進法等(2025年改正) | 2026年10月1日施行予定 |
特に留意したいのは、顧客等からの著しい迷惑行為である「カスタマーハラスメント」と、就職活動中の学生等に対するセクハラ防止についても、2026年10月1日から新たに事業主の義務となる点です。社内のパワハラ・セクハラ対策だけでなく、対顧客・対求職者の場面まで対応範囲が広がっていることは、今後の社内規程の見直しにおいて押さえておくべきポイントです。
パワーハラスメントの法的な定義——3つの要素
厚生労働省の指針では、職場におけるパワーハラスメントを、次の3つの要素をすべて満たすものと定義しています。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| ①優越的な関係を背景とした言動 | 職務上の地位が上位である場合に限らず、同僚間・部下から上司に対する言動であっても、抵抗・拒絶が困難な力関係を背景に行われるものを含む |
| ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの | 社会通念に照らして、その言動が業務上明らかに必要性がない、または態様が相当性を欠くもの |
| ③労働者の就業環境が害されるもの | 言動により労働者が身体的・精神的に苦痛を与えられ、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できない支障が生じること |
重要なのは、①〜③をすべて満たして初めて法律上の「パワーハラスメント」に該当するという点です。逆に言えば、業務上必要かつ相当な範囲で行われる指導・注意・叱責は、たとえ受け手にとって厳しく感じられるものであっても、パワーハラスメントには該当しません。この「業務上必要かつ相当な範囲かどうか」の見極めこそが、現場で最も判断に迷う部分です。厚生労働省はこの判断を助けるため、パワーハラスメントに当たりうる行為を具体的な類型に分けて示しています。
パワーハラスメントの6類型
厚生労働省は、裁判例や労働紛争の事案をもとに、パワーハラスメントに当たりうる典型的な行為を6つの類型に整理しています。ただし、これらはあくまで代表例であり、これに限定されるものではない点に注意が必要です。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| ①身体的な攻撃 | 暴行・傷害 |
| ②精神的な攻撃 | 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言 |
| ③人間関係からの切り離し | 隔離・仲間外し・無視 |
| ④過大な要求 | 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害 |
| ⑤過小な要求 | 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと |
| ⑥個の侵害 | 私的なことに過度に立ち入ること |
パワーハラスメントと並んで、法律上の定義と措置義務が整理されているのが、セクシュアルハラスメントとマタニティハラスメント等です。それぞれの定義を見ていきます。
セクシュアルハラスメントの定義
男女雇用機会均等法では、職場のセクシュアルハラスメントを次の2つの類型で定義しています。行為者・被害者は上司・部下・同僚に限らず、取引先や顧客なども該当しうるほか、異性間だけでなく同性間の言動も対象となります。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| 対価型セクシュアルハラスメント | 労働者の意に反する性的な言動を拒否したことで、解雇・降格・減給などの不利益を受けること |
| 環境型セクシュアルハラスメント | 性的な言動により職場環境が不快なものとなり、労働者の能力発揮に悪影響が生じること |
マタニティハラスメント等の定義
男女雇用機会均等法・育児介護休業法では、妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメントを次の2つの類型で定義しています。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| 制度等の利用への嫌がらせ型 | 産前休業や育児休業など制度・措置の利用に関する言動により、就業環境が害されるもの |
| 状態への嫌がらせ型 | 妊娠・出産したことなど、労働者の状態に関する言動により就業環境が害されるもの |
ここまで見てきたパワハラ・セクハラ・マタハラの定義に共通するのは、いずれも「業務上の正当な指導・対応」との境界線が問題になる点です。次に、この境界線をどう見極めるかを具体的に整理します。
「業務上の指導」と「ハラスメント」の境界線
現場で最も判断が難しいのは、「厳しい指導」と「パワーハラスメント」の境界線です。厚生労働省の指針は、業務上必要かつ相当な範囲かどうかを判断する際の考慮要素として、言動の目的、当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状態、行為者との関係性などを総合的に考慮するとしています。単発の発言だけでなく、繰り返しの有無や、他に選べる手段があったかどうかも判断材料になります。
実務上のグレーゾーンを整理すると、次のような対比で捉えると分かりやすくなります。
| 業務上の指導(該当しない例) | パワーハラスメント(該当しうる例) |
|---|---|
| ミスの内容を具体的に指摘し、改善方法を伝える | ミスをした人格や能力全般を否定する暴言を繰り返す |
| 業務上の必要性から一時的に業務量を調整する | 退職に追い込む目的で、遂行不可能な業務や過小な業務を継続的に与える |
| 個室など然るべき場で1対1で注意する | 他の労働者の面前で長時間にわたり叱責し、見せしめにする |
| 業務上必要な範囲で進捗や体調を確認する | 交友関係や私生活の事柄に業務と無関係に立ち入る |
ポイントは、「指導の内容が業務上正当か」「伝え方・頻度・場所が社会通念上相当か」の両面をあわせて評価することです。内容が正当であっても、人格否定を伴う言い方や、見せしめのような公開の場での叱責が繰り返されれば、パワーハラスメントに該当するリスクが高まります。
こうした境界線の判断を現場任せにせず、組織として一貫した対応ができるようにするために、法律は事業主に対して具体的な措置義務を課しています。
事業主に課される法的な措置義務
パワハラ・セクハラ・マタハラのいずれについても、事業主には次の措置を講じることが法律上義務付けられています。
- 事業主の方針を明確化し、管理・監督者を含む労働者に周知・啓発すること
- 相談・苦情に応じ、適切に対応するための相談体制を整備すること
- 相談があった場合、事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者・行為者双方に適正に対処するとともに、再発防止の措置を講じること
- 相談者・行為者等のプライバシーを保護し、相談したことなどを理由とする不利益取扱いを禁止する旨を定め、周知すること
これらは企業の規模や業種を問わず、すべての事業主に義務付けられています。方針の策定・周知や相談窓口の設置を怠っている場合、行為者個人の問題として片づけるのではなく、企業としての法的義務違反として指摘されるおそれがある点に注意が必要です。
まとめ
ハラスメントは、トキシックワーカーの問題とは異なり、法律によって定義と事業主の対応義務が明文化された領域です。パワーハラスメントであれば3要素と6類型、セクハラであれば対価型・環境型、マタハラであれば利用への嫌がらせ型・状態への嫌がらせ型という枠組みを理解した上で、「業務上必要かつ相当な範囲」という基準に沿って、日々の指導とハラスメントの境界線を具体的な言動レベルで判断できるようにしておくことが、管理職・人事双方に求められます。
なお、前回取り上げた「ブリリアントジャーク」のように、成果を理由に問題行動が黙認されやすい人材ほど、その言動が実は法律上のハラスメントの要件に該当していないかを、あらためて確認する視点が欠かせません。「優秀だから」という理由は、ハラスメントの有無を判断する基準にはならないということを、組織として共有しておく必要があります。
監修者

社会保険労務士法人ユナイテッドグローバル
代表 社会保険労務士 川合 勇次
大手自動車部品メーカーや東証プライム上場食品メーカーで人事・労務部門を経験後、京都府で社会保険労務士法人代表を勤める。単なる労務業務のアウトソースだけでなく、RPAやシステム活用することで、各企業の労務業務の作業工数を下げつつ「漏れなく」「ミスなく」「適法に」できる仕組作りを行い、工数削減で生まれた時間を活用した人材開発、要員計画などの戦略人事などを行う一貫した人事コンサルティングを得意としている。


