社員が「取引先」で「副業」として働くことについての危険性
──懲戒・背任罪・特別背任罪・公益通報まで、当事者全員のリスクを整理する
副業・兼業の解禁が当たり前になり、自社の社員が「取引先」で副業をするケースも現実に増えています。一見すると両社にとってプラスに見えますが、その社員が本業での立場や情報を使って取引先に有利な取り計らい(便宜供与)をしたとき、話は一変します。
これは単なる労務管理(懲戒)の問題にとどまらず、背任罪・特別背任罪という刑事責任、さらには公益通報による顕在化にまで発展しうる論点です。しかも危険を負うのは本人だけではありません。本記事では、当事者全員のリスクと、本業企業・副業先企業それぞれの防ぎ方までを一気通貫で整理します。

1. 何が問題なのか ──「利益相反」という構造
そもそも副業それ自体は、勤務時間外に行う限り原則として自由というのが判例・行政の基本スタンスです。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」も、原則容認・例外的制限という枠組みを取っています。
問題は「副業の中身」です。
- 就業先が「取引先」である
- そこで本業の立場を使って便宜を図っている
この2つが重なると、典型的な利益相反(コンフリクト・オブ・インタレスト)が生じます。労働者は使用者に対して誠実義務(労務提供に付随する信義則上の義務)を負っており、自社の利益を犠牲にして取引先=副業先に利益を流す行為は、この義務の正面からの違反となり得ます。
そして重要なのは、不正が「実行」された瞬間ではなく、「副業先=取引先」+「便宜」+「報酬」という座組を組んだ時点で、すでに刑事リスクの構造が完成しているという点です。
この座組は、本業企業・副業先企業の双方にとってのリスクとなります。
2. 労務管理の視点 ──懲戒処分は可能か
(1) 制限が認められる4類型
厚労省ガイドライン・モデル就業規則は、副業を制限・禁止できる場合として次の4類型を挙げています。
- 労務提供上の支障がある場合
- 業務上の秘密が漏洩する場合
- 競業により自社の利益が害される場合
- 自社の名誉・信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
「取引先で就業し便宜を図る」行為は、②秘密漏洩・③競業・④信頼関係破壊に正面から該当し得ます。
単なる時間外アルバイト(①のみが問題になる類型)とは、質的に異なる悪質性を帯びます。
(2) 懲戒処分の有効要件
懲戒を有効に行うには、次の要件を満たす必要があります。
- 就業規則上の根拠(懲戒事由・懲戒の種類が明記されていること)
- 懲戒事由該当性(当該行為が定めた事由に当てはまること)
- 相当性(労働契約法15条/社会通念上相当か、比例原則)
- 適正手続(弁明の機会の付与など)
- 平等取扱い・二重処罰の禁止・不遡及
労働契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
(3) 懲戒解雇まで踏み込めるか
取引先への便宜供与が、自社に具体的な損害(受注機会の喪失、不利な取引条件、値引きの強要等)を生じさせ、かつ私的な見返りを伴うような悪質性の高い事案であれば、懲戒解雇も選択肢に入ります。ただし相当性の壁は高く、いきなり最重処分に飛ぶと無効リスクが残ります。事実調査 → 弁明機会 → 情状を踏まえた処分選択、という手順を必ず踏むべきです。
(4) 参考裁判例
- 小川建設事件(東京地決 昭57.11.19)── 二重就職と本業支障を理由とする解雇の有効性
- マンナ運輸事件(京都地判 平24.7.13)── 副業は原則自由であり、制限には合理的理由が必要と判示
- 橋元運輸事件(名古屋地判 昭47.4.28)── 競業他社役員就任による企業秩序侵害と解雇
※判例の年月日・事件名は原稿段階のものです。公開前に一次資料でご確認ください(末尾の免責参照)。

3. 刑事責任の視点 ──背任罪と特別背任罪
ここからが本題です。便宜供与は、状況によっては犯罪になります。
(1) 背任罪(刑法247条)── 一般従業員でも成立し得る
刑法247条
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
構成要件は次の4つです。
- 他人のためにその事務を処理する者(=事務処理者。一般従業員でも該当し得る)
- 図利加害目的(自己・第三者の利益を図る、または本人に損害を加える目的)
- 任務違背行為(誠実義務・忠実義務に背く行為)
- 本人(会社)への財産上の損害の発生
つまり、役員でなくても、取引先=第三者の利益を図る目的で本業の任務に背き、自社に財産的損害を与えれば背任罪が成立し得るわけです。「取引先で副業しながら便宜を図る」構図は、この要件にきれいに当てはまってしまう危険があります。
(2) 特別背任罪(会社法960条)── 役員・支配人クラスは加重
会社法960条(要旨)
取締役・会計参与・監査役・執行役、支配人、事業に関する特定事項の委任を受けた使用人などが、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、株式会社に財産上の損害を加えたときは、十年以下の拘禁刑若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
背任罪との違いは主体と法定刑です。対象は取締役等の役員が中心ですが、支配人や「特定事項の委任を受けた使用人」も含まれる点が実務上重要です。つまり、副業をしていた社員が支店長・部門責任者クラスで一定の裁量を委ねられていた場合、一般従業員の背任罪ではなく、より重い特別背任罪(最長10年)の射程に入ります。
| 背任罪(刑法247条) | 特別背任罪(会社法960条) | |
|---|---|---|
| 主体 | 一般の事務処理者(従業員含む) | 役員・支配人・特定事項委任の使用人 |
| 法定刑 | 5年以下の拘禁刑 or 50万円以下の罰金 | 10年以下の拘禁刑 or 1000万円以下の罰金(併科可) |
(3) 見返りがあれば ──会社法967条(贈収賄)も
便宜供与の見返りに金品・利益を受け取っていた場合、さらに次の罪が問題になります。
- 収賄側:役員等が「不正の請託」を受けて利益を収受 → 会社法967条1項
- 贈賄側:便宜の見返りに利益を供与した取引先 → 会社法967条2項
自社(本業)への背任と、取引先からの収賄が併存するのが、この類型の怖いところです。なお、この贈収賄罪の主体も役員・支配人等に限られるため、一般の担当者による私的な受領はこの罪には問われません(日本には一般従業員の私的な受領を処罰する規定がないため、受領の事実は背任罪の図利目的・損害を推認する事情として扱われます)。
4. 「便宜」が犯罪になる分かれ目
すべての便宜供与が犯罪になるわけではありません。分岐点は次の2点です。
- 図利加害目的があるか ── 単なる判断ミスや通常の営業判断(経営判断の原則の範囲内)であれば、任務違背とは評価されにくい。「取引先=副業先を有利にする目的」という主観が決定打になります。
- 財産上の損害が発生したか ── ここでいう損害には、支出増などの積極的損害だけでなく、得られたはずの利益を失った消極的損害(逸失利益)も含まれます。
つまり、「副業先だから」という私的動機で本業の取引条件を歪める座組を組んだ瞬間に、刑事リスクの領域へ足を踏み入れることになります。これは、本業企業・副業先企業の双方にとって危険な座組です。

報酬の名目は通用しない ── すべては「実態判断」
ここで多くの当事者が誤解しがちなのが、報酬の切り分けです。
「便宜の見返りではなく、あくまで副業としての役務提供に対する正当な報酬だ」という整理は、一見すると防御になりそうに見えます。しかし、その報酬が真に役務の対価なのか、それとも便宜的取引を成立させるための実質的な見返りなのかは、名目ではなく実態で判断されます。
- 実際の稼働実態に見合わない高額報酬
- 便宜供与のタイミングと連動した支払い
- 役務の中身が曖昧・形骸化している
こうした事情があれば、別名目の報酬というロジックは通用しません。会社法967条の「不正の請託を受けて…財産上の利益を収受」の「利益」も、背任罪の「図利目的」を基礎づける事情も、いずれも実質で認定されるからです。小手先で報酬の形を変えても、実態が「便宜の対価」であれば、そのまま賄賂性・背信性を帯びます。
事例から ──「つなぎとめ」も便宜供与になる
ある企業の担当者が、自社の取引先で副業をしていました。その取引先は、本業企業から継続的に発注を受けている先でもあります。
この担当者が副業先に対して「本業側の担当は私なので、お任せください」と伝えていた文面が残っていた、という事案です。
本人は「副業先では別の案件にアサインされており、この便宜の見返りに報酬をもらっているわけではない」と反論していました。
しかし、実態判断ではこの言い分は通りにくいと考えられます。理由は二つです。
一つは、既存契約の「つなぎとめ」も、副業先という第三者に利益を確保させる行為である以上、新規獲得と同じく便宜供与にあたること。継続取引はむしろ金額が累積するぶん、便宜としての価値は大きくなります。
もう一つは、背任罪が求めるのは「第三者の利益を図る目的」であって、行為者本人が対価を得ている必要はないこと。「私は儲けていない」は、背任の成否に対する反論としては構造的に弱いのです。そもそも、本業契約が続くことで副業先の体力が保たれ、その人の副業アサインも維持される——この経済的なつながりがある以上、「別案件だから無関係」と切り離すこともできません。
ちなみに、この担当者は役員でも支配人でもない担当者レイヤーだったため、より重い特別背任罪ではなく、刑法247条の背任罪が検討の中心になります。そして成否の決め手は、本業に財産上の損害(割高な条件、失った有利な代替先など)が生じたことを立証できるかどうかにありました。「お任せください」という文面は、利益相反と副業先優先の意思を直接示す一次証拠として、刑事・民事の双方で強い意味を持ちます。
このように、名目上の報酬の切り分けは、実態判断の前ではほとんど効きません。
5. 副業先企業とそこで働く人のリスク ──共同正犯・共同不法行為
便宜を「受ける側」である副業先とその関係者も、決して安全地帯にはいません。
刑事:共同正犯(刑法60条・65条1項)
背任罪・特別背任罪は、「他人のためにその事務を処理する者」という身分を前提とする犯罪(身分犯)です。副業先の人間はこの身分を持ちません。しかし——
刑法65条1項
犯人の身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする。
この規定により、身分のない副業先の関係者であっても、背任・特別背任の共同正犯となり得ます。判例も、利益を受ける側が単に受動的に利益を得たにとどまらず、積極的に働きかけ・共謀した場合には共同正犯としての責任を認めています。
ポイントは「積極的関与・共謀」の有無です。単に便宜を受けただけでは足りませんが、便宜を求めて働きかけた、スキームを一緒に設計した、報酬でコントロールした、といった事情があれば、副業先とその担当者が共同正犯に問われます。
民事:共同不法行為(民法719条)・使用者責任(民法715条)
刑事とは別に、副業先企業とその関係者は、本業企業に対して共同不法行為者として連帯して損害賠償責任を負い得ます。副業先企業には、その従業員の行為についての使用者責任も問題になります。
6. 本業企業が求める損害賠償の内容
被害者である本業企業は、懲戒・刑事とは別に、民事の損害賠償を追及できます。
誰に対して請求できるか
| 相手方 | 法的根拠 |
|---|---|
| 副業をした従業員 | 労働契約上の誠実義務違反(債務不履行)+不法行為(民法709条)。役員なら会社法423条(任務懈怠責任) |
| 副業先企業・関与した担当者 | 共同不法行為(民法719条)、副業先企業には使用者責任(民法715条) |
共同不法行為者は不真正連帯債務の関係に立つため、本業企業はいずれからも損害全額を回収可能です(当事者間の求償は内部問題)。
何を損害として請求できるか
- 積極的損害:水増し請求・過払いの差額、不利な取引条件で被った差額、強要された値引き分など
- 消極的損害(逸失利益):便宜供与によって失った受注、本来の適正条件なら得られたはずの利益との差額
- 調査・対応費用:不正調査(フォレンジック・弁護士費用等)のうち、相当因果関係の範囲で認められる分
- 従業員が受け取った見返り:それ自体が直ちに損害と一致するわけではないが、損害額を推認する重要な手がかりとなり、図利目的の立証にも直結する
実務上の重要ポイント
- 故意の背信行為には、賠償額の信義則的制限が及ばない。労働者の会社に対する賠償責任は、通常の過失であれば信義則上一定に制限されます(茨城石炭商事事件・最判昭51.7.8)。しかし本件のような故意の利益相反・背信では、この制限は基本的に働かず、全額請求が可能です。
- 損害額の立証が困難でも、請求は諦めなくてよい。損害の発生は明らかだが金額の算定が難しい場合、裁判所が相当な損害額を認定できます(民事訴訟法248条)。

7. 公益通報の文脈 ──この座組は「バレやすく、守れない」
これまで見た刑事・民事リスクに加えて、実務上もっとも軽視できないのが発覚経路のリスクです。マッチポンプ的な便宜供与は、構造上「バレやすく、バレたときにディフェンスできない」という致命的な弱点を抱えています。
なぜバレやすいのか ── 関係者が「通報するインセンティブ」を持つ
このスキームは、必ず複数の関係者を巻き込みます。副業先の担当者、経理処理をした者、稟議や発注を通した者、事情を知る同僚——。そして前述のとおり、知りながら関与した者は共同正犯・共同不法行為に問われうる立場にあります。
ここに強力な通報動機が生まれます。自分が共犯に問われることを免れるため、関係者が先に通報するという力学です。「巻き込まれる前に、通報者側に回る」という合理的選択が働き、座組を知っている人間が増えるほど、内部告発の確率は上がっていくわけです。
「秘密保持」では止められない
「秘密保持義務があるから通報できないはずだ」という反論は通用しません。公益通報は、そもそも守秘義務の射程外です。
- 公益通報者保護法により、要件を満たす通報は保護の対象となり、これを理由とする解雇・不利益取扱いは無効・禁止されます。
- そもそも不正・違法行為(背任・特別背任・贈収賄)に関する情報は、正当に保護されるべき「秘密」の範囲に含まれません。違法行為を隠すための秘密保持契約は、その限度で効力を否定され得ます。
つまり、当事者が「秘密保持契約で口を塞げる」と考えても、その前提自体が崩れているということです。
1号・2号・3号通報 ── どの窓口からでも顕在化する
公益通報者保護法は、通報先を段階的に3つ用意しています。
| 区分 | 通報先 | 特徴 |
|---|---|---|
| 1号通報 | 事業者内部(社内・グループの通報窓口等) | 最も想定される第一経路。内部統制・監査部門に直結、監査法人等 |
| 2号通報 | 権限を有する行政機関(監督官庁等) | 社内で握りつぶされた場合の外部経路 |
| 3号通報 | 報道機関・その他外部(マスコミ等) | レピュテーション毀損が一気に顕在化 |
重要なのは、通報者はこれらの窓口を選べるということです。社内で揉み消そうとすれば2号・3号に流れ、行政や報道が動けば、もはや当事者のコントロールは効きません。「どこか一つの口を塞ぐ」という発想では防げない構造になっています。
上場企業は特に顕在化リスクが高い
上場企業(およびIPO準備企業)では、このリスクが一段跳ね上がります。
- 監査法人の会計監査・内部統制監査(J-SOX)により、取引の実在性・条件の妥当性がチェックされる。実態のない役務や不自然な取引条件は、監査の過程で異常点として検出されやすい。
- 監査役・監査等委員・内部監査部門による三様監査の体制下では、便宜供与や利益相反取引はモニタリングの主対象そのもの。
- 発覚すれば、適時開示・特別調査委員会の設置・訂正報告といった事態に発展し、株価・信用・上場維持に直結する。
- IPO準備企業であれば、主幹事証券・監査法人の審査で座組が露見し、上場スケジュールそのものが破綻しかねない。
内部統制の整備状況が外部の目で常時検証される上場企業においては、「バレない」という前提そのものが成り立ちません。
小括 ──「防御不能」なリスク構造
この座組の本質的な危うさは、次の3点に集約されます。
- 関係者が自己防衛のために通報する構造的インセンティブがある(共同正犯を免れるため先に通報する)
- 秘密保持では止められない(公益通報は守秘義務の射程外、違法行為隠蔽の秘密は保護されない)
- 通報窓口が1号・2号・3号と複線化しており、特に上場企業は監査体制により顕在化リスクが極めて高い
だからこそ、「取引先での副業+便宜」という座組は、発覚後に弁明・防御する余地がほとんど残されていません。組んだ瞬間に、刑事・民事・レピュテーションのすべてで守勢に立たされます。
8. リスクを防ぐための実務対応 ──本業企業と副業先企業、それぞれの守り方
これらのリスクは、当事者双方が「相手任せ」にしていると防げません。本業企業と副業先企業の双方が、それぞれの立場で能動的にチェックすることで初めて座組の成立を遮断できます。
A. 本業企業(社員を送り出す側)の対応
社員の副業を認める企業は、「取引先での副業+便宜」という最悪の組み合わせを入口で止める設計が要点です。
- 取引先での副業は「必ず事前申告」を義務づける
副業を単なる届出制にとどめず、就業先を具体的に申告させることが決定的です。「どこで働くか」を把握できなければ、利益相反の判定自体ができません。規程・誓約書で次を明記します。
- 副業先の企業名・事業内容・就業内容の事前申告
- 取引先・競合先・利害関係先での副業は、事前申告のうえ会社の承認を要する(原則不可とし、例外承認とする設計が安全)
- 申告後に就業先が取引先に該当することが判明した場合の再申告・見直し義務
- 利益相反の該当性チェックを承認プロセスに組み込む
申告を受けたら、担当部署が取引先マスタ・取引実態と突き合わせて利益相反の有無を判定します。「取引がある/今後発生し得る」相手先であれば、便宜供与の温床になり得るため、承認を留保または拒否します。
- 事後モニタリングと通報窓口の実効化
- 承認後も、当該社員が関与する取引条件に異常点がないか定期的にチェック
- 内部通報窓口を実効的に運用し、「取引先での副業+不自然な取引」が通報されやすい体制をつくる(前述のとおり、通報リスクこそ最大の抑止力になる)
B. 副業先企業(=取引先/副業人材を受け入れる側)の対応
見落とされがちですが、副業人材を活用する企業側にも、自衛のための確認義務があります。便宜を「受ける側」は共同正犯・共同不法行為のリスクを負うため、受け入れ時のスクリーニングが不可欠です。
- 副業人材のスクリーニング ── 本業先との関係を必ず確認
採用(業務委託を含む)にあたり、その人材の本業先が自社の取引先ではないかを確認します。
- 応募者・候補者の本業先の企業名・所属部署・職務内容の申告を求める
- 本業先が自社の取引先・発注先・受注先に該当しないかを照合
- 該当する場合、その人材を通じて取引条件を動かせる立場にあるかを見極める
- 利益相反の該当性確認を必ず実施する ── 取引先に迷惑をかけない
副業人材の活用が、結果的にその本業先(=自社の取引先)に損害や規律違反を生じさせないかを確認することは、副業先企業の責務です。
- 受け入れる業務が、本業先との取引に影響を与える性質のものでないかを精査
- 影響し得る場合は、本業先の承認取得を条件とする、あるいは受け入れ自体を見送る
- 「便宜と対価がセットになっていないか」を自らチェックし、実態として便宜の見返りと評価されかねない報酬設計を避ける
これは単なる道義ではなく、自社を共犯構造に巻き込まないための防衛策であると同時に、取引先との信頼関係を守るための実務対応です。
- 契約・記録の整備
- 業務委託契約等で、役務の内容・稼働・対価の対応関係を明確に文書化(実態と乖離した報酬は「便宜の対価」と認定されやすいため、実態に即した設計が防御になる)
- 本業先の利益を害する行為を求めない旨を明記
C. 双方に共通する原則 ──「情報の突き合わせ」が唯一の防波堤
この座組が防げるかどうかは、結局のところ「その人材の本業先」と「就業先=取引先」が一致していないかを、双方が確認できるかにかかっています。
- 本業企業は「社員がどこで副業するか」を把握する
- 副業先企業は「受け入れる人材の本業先がどこか」を把握する
どちらか一方でもこの照合を怠ると、座組は成立してしまう。逆に言えば、双方が事前申告と利益相反チェックを徹底すれば、危険な組み合わせは入口で検知できます。副業解禁を安全に運用する鍵は、この双方向のスクリーニングにあります。
まとめ
「副業社員が取引先で便宜を図る」というありふれた相談は、掘り下げると当事者全員がリスクを抱える多層構造でした。
- 労務:副業制限4類型に該当 → 懲戒(最悪、懲戒解雇)
- 刑事:一般従業員でも背任罪、役員・支配人クラスなら特別背任罪、見返りがあれば会社法967条(贈収賄)、副業先も共同正犯(刑法65条1項)
- 民事:本人・副業先・担当者が連帯して損害賠償責任
- 発覚:関係者の自己防衛的な公益通報により、秘密保持では止められず、特に上場企業では監査体制から顕在化必至
報酬の名目を変える小手先の防御も、実態判断の前では通用しません。そして一度発覚すれば、弁明の余地はほとんど残されていない。
だからこそ結論はシンプルです。副業解禁は歓迎すべき流れですが、「取引先での副業+便宜」という座組だけは、本業企業・副業先企業の双方が、事前申告と利益相反チェックによって入口で遮断する。これが、企業と個人の双方を守る唯一の実務対応です。
本記事は一般的な情報提供であり、個別事案への法的助言ではありません。刑事告訴・損害賠償請求の可否や見通しは、証拠と事実関係により大きく変わります。実際の対応にあたっては弁護士にご相談ください。また刑法・会社法の罰則は2025年6月1日施行の改正により「懲役/禁錮」が「拘禁刑」に一本化されています。掲載裁判例の事件名・年月日、公益通報者保護法の号別区分の文言、各条文の細部は、公開前に一次資料(e-Gov・判例集・消費者庁の公表資料等)でご確認ください。
執筆者

社会保険労務士法人ユナイテッドグローバル
代表 社会保険労務士 川合 勇次
大手自動車部品メーカーや東証プライム上場食品メーカーで人事・労務部門を経験後、京都府で社会保険労務士法人代表を勤める。単なる労務業務のアウトソースだけでなく、RPAやシステム活用することで、各企業の労務業務の作業工数を下げつつ「漏れなく」「ミスなく」「適法に」できる仕組作りを行い、工数削減で生まれた時間を活用した人材開発、要員計画などの戦略人事などを行う一貫した人事コンサルティングを得意としている。
※本記事はあくまで当職の意見にすぎず、行政機関または司法の見解と異なる場合があり得ます。 また誤記・漏れ・ミス等あり得ますので、改正法、現行法やガイドライン原典に必ず当たるようにお願いいたします。

