労働日と労働時間の考え方(裁量労働時間制や固定残業手当への影響を考える)

労働日と労働時間の2つの概念

労働条件で特に重要な概念である「労働日」と「労働時間」という考え方、この2つの単語を聞くとシンプルと感じるかと思います。そんなことは解説されなくてもわかっていると思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし案外難しい概念であり、労働基準法では第四章が労働時間、労働日に関する定めは32条~41条まであります。労働時間に対する賃金の支払い方も規定されているとはいえ、項や号、この条文に付随する施行規則や省令、通達まで考えるこのようなシンプルな単語についての規定が相当数存在し、その概念の難しさを物語っております。人を雇用する場合、経営者、人事担当者は上記の条文や通達をすべて把握することまでは必要ないとは思いますが、この労働日と労働時間の考えを整理し、理解することは重要と言えます。また、労働者にとっても重要な知識です。本日は、労働日と労働時間の違いを分かりやすく解説していきます。

労働基準法上の制約としての労働時間・労働日

まず、労働時間と労働日に関する考えを規定する最も基本的な考え方は下記の3つになり、それぞれ「労働時間」「労働日」「労働時間帯」を制約する内容となっております。

労基法の条数条文の概要  割増率
第32条
(労働時間)
1日の「労働時間」を定めています。1労働日に対し、労働時間を「8時間」まで 1週で労働時間を「40時間」までと規定しております。
この8時間・40時間の制約を解除するには一定の手続きが必要となります。また、1日8時間労働の場合、8時間×5日=40時間となります。
この場合、週の上限時間になってしますため、法定休日以外にも1日休みにしていることが多くこの休日を一般的に「所定休日」と言います。
  25%以上
第35条
(休日)
原則、1週間に1日(原則暦日:0:00~23:59)労働させない日を設けるよう規定しております。この休日を一般的に「法定休日」と言います。
この法定休日に働かせようとする場合は、原則36協定(時間外休日労働に関する協定書)による手続きが必要となります。
  35%以上
第37条
(深夜労働)
深夜労働(22:00~AM5:00)を行わせる場合には通常の賃金の支払いでは許されず、
深夜労働時間に25%以上の割増率で計算した割増賃金の支払いが必要となります。
  25%以上

ポイントは「労働日」は上記の32条(労働時間)と35条(休日)の制約を複合して、休日ではない日と特定することで逆説的に労働契約上の「労働日」を決定することとなるということです。通常、所定労働日や時間は年単位で計算することが多いですが、今回はスタンダードな1週間をモデルケースとして考えていきます。(※年度全体の休日や労働時間から逆算することが多いです。 参考:2023年度 土曜日数:52日 日曜日数:53日 祝日数14日 年末特別休日1日 年間休日120日 年間勤務日245日 年間所定労働時間1960時間 のように設定するケース等が考えられます。)

それでは具体例を見てみましょう。モデルケースとして平日5日を所定労働日、1日8時間を所定労働時間とする場合を考えてみます。

第32条の制約である1日8時間、1週40時間の考えのもと、所定労働日を月~金として設定し、土曜を休みとしています。

この場合、土曜日は第32条の制約(週40時間)より派生した休みのため、この日に労働させる場合の割増率は25%以上としなければなりません。

一方、日曜日は第35条での制約となりますので、もしこの日に労働させる場合の割増率は35%以上としなければなりません。

法定休日の特定

モデルケースでは、日曜日を法定休日として特定しておりましたが、35条で求められいるのは週に1日休ませなければならないということです。そのため、土曜日を法定休日にすることももちろん可能です。

また、1日休ませれば事足りるということであれば、結果的に休ませた方を法定休日にできるかどうかを検討する必要があります。例えば、業務の都合により土曜日か日曜日のどちらかを必ず休ませ、どちらかを休日出勤とする場合にこの出勤した日を「所定休日」として25%の割増率として、休ませた日を「法定休日」として取り扱うことが可能なのかということです。

その場合には下記①②が重要な着眼点となります。

①法定休日を具体的に特定する必要があるのか?

労働基準法上では休日の特定までは求めていません。しかし、行政通達では休日を特定することが法の趣旨に沿うため、就業規則において単に1 週間に1 日というようなものではなく、具体的に一定の日を休日と定めることが望ましいとされており、特定するように指導するという方針となっております。【昭23.5.5 基発682 号、昭63.3.14 基発150 号】

②法定休日を特定せずに結果的に休んだ法定休日にできるのか?

結論としては、できません。行政通達では、法定休日を特定していない場合におきましては、歴週において後順に位置する休日が法定休日となります。仮に上記モデルケースにおいて、法定休日を特定していない運用をしている場合には、後順に位置する土曜日における労働が法定休日労働になるとされており、労働基準法上、法定休日には休日割増賃金(35%)を支払う義務が発生します。また、モデルケースにおいて就業規則で週の起算日を月曜日に設定している場合においては法定休日が日曜日になります。

契約法としての労働時間・労働日から考える裁量労働時間制と固定残業手当

ここまでは、労働基準法上における使用者側の義務の話をしてきました。すなわち、契約における最低ラインの話であり、労働条件のアウトフレームを検討するのに必要な概念となります。ここからは、そのアウトフレームから落とし込んだ労働者との個別具体の契約における労働時間・労働日について考えていきたいと思います。

・労働契約上の労働時間と労働日

「労働日」の「労働時間」に労働してもらうことで「当該時間分の賃金」を払うという契約を締結することとなります。労働基準法第15条で労働契約締結時に明示しなければならない条件が決まっていますが、その中に「休日」が含まれています

休日とは労働が免除され労働義務がもともとない日のことであり、労働基準法第15条の制約上この労働が免除される日を「契約上」の明示していることとなります。すなわち、ここで記載されている日は所定、法定問わず労働者にとって「働く義務がない日」(原則労働の債務が発生しない日)となります。

所定休日を時間ではなく「労働日」として明示している以上、契約法上は第32条の法定労働時間を超えた時間をさらに2つに細分化(下記①②)できます。

時間外・休日労働条文の概要  割増率
①時間外労働
(第32条)
1労働日に対し、労働時間の上限を「8時間」までと定めた、労働基準法第32条の規制を超えて、もともと労働義務のあった日
労働時間を延長して働かせる場合の時間を指します。
  25%以上
②所定休日労働
(第32条)
1週の労働時間が「40時間」までと定められおり、この規制を遵守するため法定休日以外に設定される、「休日」に働かせます。
契約法上は原則「働く義務がない日」(労働の債務が発生しない日)として扱われます。
  25%以上
法定休日労働
(第35条)
労働基準法上の1週間に1日(原則暦日:0:00~23:59)労働させない日を設けるよう求められおり、その規制に基づく休日に働かせます。
契約法上は原則「働く義務がない日」(労働の債務が発生しない日)として扱われます。
  35%以上
深夜労働
(第37条)
深夜労働(22:00~AM5:00)を行わせる場合には通常の賃金の支払いでは許されず、
深夜労働時間に25%以上の割増率で計算した割増賃金の支払いが必要となります。
  25%以上

ここまでを踏まえて裁量労働時間制と固定残業手当を検証したいと思います。

・裁量労働時間制

裁量労働制では、労使で話し合って決定する業務遂行に必要と思われる時間(みなし労働時間)を決定し、実労働が何時間であろうとこのみなし労働時間を労働時間として取り扱います。ただし、この時間は所定労働日における労働時間とされており、上記表の①のみがみなし労働時間に含まれることとなります。「所定労働日」における「労働時間」がみなし労働時間で固定となり、所定休日に労働が発生した場合は働いた分の割増賃金が必要となります。

・固定残業手当(みなし残業制)

固定残業手当とは就業規則等で定めた一定時間分までは残業の有無に関わらず定めた時間分の割増賃金支払う制度です。時間外労働○時間分を「固定残業手当」として支払うとしているケースが多く、以下の通りの運用をしないと違法となりますので、気をつける必要があります

・他の手当と完全に分けて計算すること
・計算の基礎と計算方法が明示されていること
・設定した時間を超えたら、超過分の割増賃金を支払うこと
・45時間を超える設定をしない(長時間労働を誘発させていると解され、公序良俗に反し無効となりえる)

ここで検討したいのが、「所定休日における労働時間」を固定残業手当の「時間外労働○時間分」に含めることが可能なのかということです。

「結論としては可能です。」しかし、就業規則や各規程の書き方次第では違法となる可能性があるため、導入には注意が必要となります。

違法となるケースとしては、就業規則や賃金規程で上記表の①に対する手当と②に対する手当を分けて定義しており、給与計算上も分けて運用してい場合が考えられられます。所定労働日における時間外労働時間は「通常の時間給+時間外労働手当(0.35)」で計算しており、所定休日労働手当は1.35で計算しているケースなどが該当となります。

このよう場合には時間外労働=所定労働日における時間外労働解される可能性が高く、「時間外労働○時間分の固定残業手当」と記載している場合に所定休日労働時間分を含めることができない可能性があります。この場合は所定休日に働いた時間は固定残業手当とは別に計算をして割増賃金を支払う必要があります。

また、①②を定義していない場合や、時間外労働の適用を①のみと解される書き方をしている場合もトラブル発生の元となります。

固定残業手当の範囲が、①だけなのか、それとも①②両方なのか、あるいは深夜労働も含むのか(含む場合は計算の方法や含む時間数等を明示する必要があります。)

契約は双方の同意によって効力を発生させます。固定残業を適切に導入するには定義や計算をあいまいにせず、固定残業手当の範囲を明示し同意を取ることが重要となります。

労働条件は変更が大変のため最初が肝心

就業規則や賃金規程上、所定休日の労働時間を固定残業手当に含められないような書き方をしてしまっている場合に、含めるよう規程を変更することは「就業規則の不利益変更」になります。労働契約法上の制約が発生し、かなり難しくなりますので安直に変更することはやめておく方が無難です。

制度導入や改変には労働基準法等の行政介入のある法律の視点と、契約法の(民事・司法)視点の両面が重要となってきます。そのため、専門的な法律知識等が必要となってきます。困った際には、制度導入コンサル会社よりも、弁護士や社会保険労務士等の法的な専門家に入ってもらうことがオススメです。

執筆者

社会保険労務士法人ユナイテッドグローバル 

代表 社会保険労務士 川合 勇次

大手自動車部品メーカーや東証プライム上場食品メーカーで人事・労務部門を経験後、京都府で社会保険労務士法人代表を勤める。単なる労務業務のアウトソースだけでなく、RPAやシステム活用することで、各企業の労務業務の作業工数を下げつつ「漏れなく」「ミスなく」「適法に」できる仕組作りを行い、工数削減で生まれた時間を活用した人材開発、要員計画などの戦略人事などを行う一貫した人事コンサルティングを得意としている。

※本記事はあくまで当職の意見にすぎず、行政機関または司法の見解と異なる場合があり得ます。
また誤記・漏れ・ミス等あり得ますので、改正法、現行法やガイドライン原典に必ず当たるようお願いします。

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